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軍学校からの研修生がくる春、SEPはいつもより賑やかになる。
特に喫茶スペースは交流スペースとしてどこよりも賑わっていた。
普段は仕事のないリノも喫茶スペースの手伝いを始めて一週間になる
オルフィレーネによって用意された旧時代のメイド服に身を包んだリノは一つの名物と化していた。
ピンクを基調とし、真っ白なレースやフリルをふんだんにあしらったメイド服をリノは見事なまでに着こなし、若い研修生諸君はもちろん、仕事で疲れた男たちの心を癒していた。
たった一人を除いては。
「ねえルヴァ、そんなにやだ?」
「……」
喫茶スペースの席の一つに座り、不貞腐れた表情でコーヒーを飲むルヴァをリノが見つめる。
数日前からルヴァがこんな調子になってしまった理由がリノには今ひとつ、わからなかった。
イオに尋ねてみても、彼女は彼女で、そんな服着てるからでしょ、とどうでもよさそうに答えるだけだった。
もちろん傍から見れば理由は明らかであるが、当の本人はオルフィレーネの指示に従ったのがそんなに気に食わなかったのか、と的はずれなことを考えていた。
「あの…」
ちっとも相手をしてくれないルヴァに唇を尖らせていたリノの後ろから声がした。
リノが振り返るとそこには眼鏡におさげ髪の少女が立っていた。
胸には研修生を示すバッジがついている。
少女は緊張した面持ちでリノに言った。
「リノ・アーヴィンスさんですよね?」
突然のことに戸惑いながらも、リノが肯定の返事を返すと、少女はぱっと顔を輝かせて言った。
「やっぱり!あの、私ルーナ・ギルスって言います。科学部の研修に来てるんですけど、えっと、私リノさんにずーっと憧れてたんです!」
ルーナの勢いにリノは驚き、助けを求めるようにルヴァの方を見た。
が、ルヴァはリノの方を見ようともしない。
そんな様子に気づくこともなく、ルーナは続ける。
「旧世派の行動解析の実績は学校でもよくお聞きしてます。
本当にかっこいいです!!」
「あ、ありがとう…」
ルーナの輝いた表情の前で、正確には私がやっているわけではない、とは言えなかった。
「もう少しお話したいんですけど、もう戻らないと。
あと一週間ですけど仲良くしてくださいね!」
ルーナはそう言ってパタパタと走っていった。
リノがほっと息をついてルヴァの方へ向き直ると、ルヴァはちょうど席を立つところだった。
「もう行くの?」
リノの言葉にルヴァは曖昧な返事をしてリノに背を向ける。
「頑張ってね」
遠ざかる背中にリノはポツリと呟いた。


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