君が、望むなら


白いカーテンの隙間から、青い空が見えた。
どこからか子供たちの声が聞こえる。
きっと、この冬最後の雪の上で、雪合戦でもしているのだろう。
昔の自分たちのように。
そんな中、窓際で本を読む彼女は、自分の心持ちによるところもあるのだろうが、いつもより華奢に見えた。
読書に没頭しているらしい彼女は、静かに近づく自分には気付いていないようだった。
そっと本の上に影を落とすと、彼女は驚いた顔つきで自分を見上げた。
「うわあ、びっくりした!
そんな静かに入ってこないでよ、もう…」
「ごめん、邪魔しちゃわるいかなーって」
そう言うと彼女は本を閉じて机に置き、窓を開けながら、結局邪魔してるじゃない、と笑った。
窓から、まだ冷たいが清々しい風が吹き込んできた。
その清々しさが、踏ん切りのつかない心に染みる。
「ねえ、どうだったの?」
彼女はこちらを向いて言った。
もちろんその話をしにきたわけだから聞かれるのは当たり前なのだが、いざ聞かれてみると、やはり答えるのは非常に困難であった。
「…一応、受かったけどさ」
歯切れの悪さに彼女は首を傾げる。
やはり通知を持ってきて正解だった。
案の定言葉がみつからない。
折り畳まれた紙を取り出して彼女に渡す。
彼女はなぜか、多分自分がそれをしたときよりも、緊張した様子で紙を開いた。
どんな顔をするのだろうか、と思う反面、気恥ずかしさを感じて目をそらした。
驚きと、喜びが混ざった彼女の声が聞こえる。
「北海道…?医学部…!?
ほんとに!?すごーい!!」
きゃあきゃあと嬉しそうにはしゃぐ彼女の脇のテーブルに散らばる白い紙袋に目がいく。
少し来ない間に、薬の種類がだいぶ増えたようだった。
それがどういうことか、医学の知識がなくてもわかりきったことだった。
「北海道かあ…。きっといっぱい雪とか降るんだよね。
それにすごく寒いよね。
風邪ひかないように気をつけてね」
人の心配してる場合じゃないだろ、と言いかけて飲み込んだ。
彼女はこちらを気にする様子もなく、紙を楽しげに見つめている。
「いいなあいいなあ。
蟹とかいっぱい食べれるのかな?
あ、有名な動物園あるよね?
私も行ってみたいな!」
彼女が笑いながら言ったその言葉は、自分のなかでは寂しげに響いた。
「…外、出たい?」
自分の言葉に彼女は驚いたようにこちらを見たが、目は合わせられなかった。
すこし間を空けて、彼女は言った。
「…うん、出たいよ」
寂しそうに微笑んで、窓の外を見つめる。
「昔みたいに遊び回りたいし、いろんなとこに出かけたい、やりたいことなんてたくさんあるよ。
…だけど、多分もう…」
続きを言わせたくなくて、彼女の腕を引いてぎゅっと抱きしめた。
無理だ、なんて、言わせたくなかった。
「え!?な、なに!?
急にどうしたの!?」
突然のことに驚き、裏返った声をあげる彼女に、言いたくて言えなかったことを、吐き出すように言った。
「…俺が、外に連れてってやる。
治療法みつけて、昔みたいに雪んなかでも走り回れるようにしてやるから、行きたいとこはどこでも連れてってやるから、だから、だから…!」


それまで、どうか…


「…じゃあ、約束だよ?」
耳元で、少しだけ震えている彼女の声が聞こえた。
「ずっと待ってるから。
私を外の世界に、連れていってね」


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