***The beginning3***


部屋を飛び出したルヴァはリノがいる喫茶スペースに向かっていた。
別れ際にルーナはリノとは逆の方へ向かった。
きっとまだ無事だろう、と思いながらも焦るルヴァのタブレットが着信を知らせる。
相手はヴィルセットだった。
流石にでないわけにはいかず、立ち止まって回線を繋いだ。
途端に向こうが第一声を放つ。
「話は聞いた、お前今どこにいる?」
「今ちょうどうわっ!」
居場所を伝えようとした瞬間に目の前に扉が現れ、ルヴァの顔面を打った。
いかにも痛そうな音がヴィルセットにも伝わる。
「きゃああああごめんなさ…い…」
ドアの向こうから現れた人物は慌てて謝り、ルヴァのことを見て目を見開いた。
そして同時にルヴァもまた、彼女を見て固まった。
「ルーナ…」
動かないルーナの前のドアに貼り付けられた『研修生立ち入り禁止』の文字がルヴァの目に入る。
ルーナが誤魔化すようにルヴァに言った。
「あ、あの、迷子になっちゃって…。えーっと、第7科学室ってどっちですか?」
いつもとおなじルーナの笑顔をルヴァは見つめた。
リノを探したいところではあったが、彼女をおさえておけばリノに危害が及ぶことはないだろう、とルヴァは考え、状況を知らせるため、ヴィルセットとの通信を切らずにルーナに言った。
「第7科学室か…。
遠いし案内してやるよ。
また迷子になっても困るし」
それを聞いてルーナは笑う。
「すみません、ありがとうございます」
こちらの思いを知っているのかいないのか、笑顔のままのルーナからは感じ取ることはできなかった。
二人は他愛もない会話をしながら歩く。
その間、ルーナはまるで本当に迷子になっただけの学生のようだった。
誰もいない第7科学室の扉を開き、中へ入る。
「ありがとうございました、本当に助かりました」
お礼を言うルーナを見据えてルヴァはタブレットを机に置き、口を開いた。
「そろそろ茶番は終わりにしようぜ。
…お前は一体何者だ?」
ルーナは少しの間、ルヴァを見つめて微笑んでいた。
そして突然笑い出した。
「ふふ…うふふふ……。
やっぱりばれてましたか。
うーん、もう少しだったんだけどなー」
楽しそうに話すルーナをルヴァは睨み付ける。
「お前は旧世派の人間か?」
「うん、そうだよ。コードネームMOON。
科学の神に対する冒涜を止めに来たの」
ルーナはゆっくりとルヴァに歩み寄って続ける。
「きっと私が何のためにここに入り込んだかなんて、察しはついてるよね?」
「リノか…」
「そう。でも正確には『イオ』のほう。
彼女の存在は少し、いえ大変な、問題だわ」
ルーナはルヴァの目の前に立ち、いやに澄んだ瞳でルヴァを見つめた。
「彼女はあなた達の側に存在するべきではない。
可哀想に、そちらにいるかぎり彼女は救われないわ。
だから、助けに来てあげたの」
不可解な言葉にルヴァはまゆを顰める。
その様子にルーナはまた笑った。
「あはは、本当に何も知らないのね。
それとも、騙されてるのかな?
大丈夫、すぐにわかるよ」
そう言ってルーナは扉の方へ向かった。
「待て!」
ルヴァがルーナの腕を掴んだ瞬間、彼女はポケットからスプレーを取り出してルヴァに吹き付けた。
「!!」
視界が奪われる。
この時代に催涙ガスなど一体どこで手に入れるというのか。
想定外のことにルヴァは思わず腕を掴む力を緩めた。
それを見逃さず、ルーナは腕を振りほどいて走り出した。
「くそ!長官、発砲許可を!」
ルヴァは拳銃をルーナの方へ向けて叫ぶ。
タブレットからヴィルセットの許可を聞いたのと同時にルヴァは引き金を引いた。
若干、視界の悪い状態ではあったが、ルヴァにとっては大した障害ではなく、放たれた銃弾はルーナの足を打ち抜いた。
それにもかかわらず、ルーナは止まらない。
「嘘だろ…」
ルヴァはルーナを追って走り出した。
『待て、ルヴァ!一人で行くな!』
タブレットからヴィルセットの制止の声が聞こえたが、止まるつもりはなかった。
「リノ…!」
ルヴァは止まらない涙を拭って、ただひたすら走った。


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