春の午後の日差しが降り注ぐ第5科学室でイオは情報端末をじっと見つめていた。
高速で文字が流れるそれを、一切目を離さず見続けてもう2時間が経つ。
小鳥の鳴き声が聞こえる中、イオは息をつき、端末を机の上に放り投げた。
イスの背にもたれて伸びをして、リノが窓の外を見つめる。
と、突然ドアが開いた。
「あら、書き込み終了?お疲れさま」
オルフィレーネが部屋に足を踏み入れながら言う。
「何かわかった?」
コーヒーメーカーの前に立ち、オルフィレーネはリノの方に顔だけを向けた。
「うーん…」
リノが机に突っ伏していると、目の前にコーヒーが置かれた。
「まあ、ルーナも死んじゃったし、協力者の彼女もほとんど何も知らなかったしね…」
そう言ってオルフィレーネはコーヒーを啜った。
リノもまた、コーヒーカップを口に運ぶ。
先日の事件に関してルーナはもちろん、協力者であった女性からも、何も有力な情報は手に入らなかった。
ただ一つだけ不思議な証言があったのだが、イオは特に何も言わなかった。

『ブレスレットが、なんとか言ってましたが…』

「ねえ、そう言えばさ、」
同じことを思ったのだろうか、オルフィレーネが尋ねてきた。
「そのブレスレット、外さないわよね。何で?」
リノはカップを置き、ブレスレットを見つめる。
「小さい頃は外れたんだけど、なんか気づいたらとれなくなっちゃってたの。
無理やり外したら壊れちゃいそうだからやだなーって」
リノの言葉にオルフィレーネは少し笑って言った。
「紐変えれば良いじゃないの」
「そうだけど…。
でも…なんて言うのかな…、もったいない気がして…。
…お父さんがくれたものだから」
まだまともだった頃に、と付け足すように呟いて、リノはブレスレットを撫でた。
とても愛おしそうに、でもそれでいて、どこか悲しげでもあった。
そんなリノを見て、オルフィレーネは何も言わなかった。
と、突然リノが立ち上がった。
「どこか行くの?」
オルフィレーネの問いにリノはドアを見つめて答える。
「んーなんかよくわかんないけど、イオちゃんが行きたいとこあるからって」
「あらそう、いってらっしゃい」
リノが外へ出ようと扉に手をかけると、ああそうだ、とオルフィレーネが言った。
「色々心配だから、明後日ちゃんとみてもらうわ」
「え?誰に?」
リノのことを一番わかっているはずのオルフィレーネが、リノのことを他人にみてもらうなど今まで一度としてなかった。
オルフィレーネは少しだけ考えるようにして言った。
「コンピューターの専門家、かな?
昔ここにいた人よ」
オルフィレーネはそれだけ告げるとリノに背を向けた。
一瞬寂しそうな顔をしたように見えたが、それはリノの気のせいかもしれなかった。

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