あちらこちらで受信音が鳴り響き、頭上では絶えず更新され続ける地球各地の情報がスクリーンに映し出されている。
白衣に身を包んだ科学者、武装した黒服の男たちが行き交う中で、一人の少女が周りを見回しながら歩いていた。
流行りの服に身を包み、緩やかなウェーブのかかった金髪を揺らしながら歩く少女は周りからは浮いて見えたが、気にする人はいない。
少女は吹き抜けになっている広い喫茶スペースを見渡し、その一角に探していた人物を見つけた。
少女は小走りに彼に近寄り声をかけた。
「ルヴァ!!」
タブレットでニュースを眺めていたルヴァはその声に顔を上げて微笑んだ。
「リノ、どうしたんだ?」
少女、リノはルヴァの向かいに座って言った。
「すごいことに気づいたの!」
「すごいこと?」
聞き返したルヴァのタブレットを取り上げてリノはニュース項目の中からある一つを選んで音声を再生した。
『神の時代が終わり、科学がこの世界を支配して150年が経とうとしている…』
タブレットから流れ出したのはS.C150年祭に対する旧世派の声明だった。
「これがどうかしたのか?」
「いいから聞いてて」
リノの言葉にルヴァは口を閉じた。

S.C150年祭は新時代の幕開けから150年を祝うものである。
旧時代、つまり西暦は3000年を機に終了し、世界は神の支配から科学の支配へと変わった。
それが新時代、S.C(Sientic Century)である。
しかし、いくら科学が発達しても神の存在がなくなるわけではない。
あくまで確率は確率、幸不幸を分けるのは未だに人類ではないのだ。
故に人は願いや祈りを持つし、必然的にそれを捧げる場所も生まれる。
そういった非科学的なものを排除しようという科学派に対抗する組織が旧世派だ。

『人々は科学を信じながらも、神という依りどころの弱体化は我々を…』
淡々と流れる音声を聞き流しながら、リノは左腕のブレスレッドをいじる。
『彼らは人々から安らぎを奪った極悪人である。
我々はそのような科学の発展をただ喜ぶわけにはいかないのだ』
「酷い言い様だな」
ルヴァは思わず笑って言った。
「自分たちだって科学に浸って生きてるのに。
…科学の全てが正しいわけでもないけど」
「そうかもね」
リノの灰褐色の瞳が揺れ、瞬きと同時に瞳の色が群青色に変わった。
「でも、そんなことじゃなくて、次」
彼女はそう言ってタブレットを睨んだ。
『我々はここに宣言しよう。神の裁きは必ず訪れると。
それがこの世界の最期の時だ』
「ここ」
彼女はそこで音声を止めた。
「キリスト教の終末観よ」
「終末観…?」
そう、と言って彼女は再びタブレットをいじりながら説明を始めた。
「旧時代の宗教だったキリスト教には、世界の終わりの日に神が裁きを下す、という考え方があったのよ。
そしてとても面白いことに、」
彼女はタブレット上にカレンダーを表示させて指を指した。
「この間のワシントンでの暴動が2月13日の話。
この時のリーダーたちは『神は復活する』と言ったわ。
さらに、それから今日までの間彼らは何もしなかった。
本当に何も」
少し間を空けて彼女は続ける。
「この周期に当てはまるものがひとつだけあるの。
それがキリスト教最大にして最期の祝日『復活祭』。
今年で言うと3月30日ね」
「あと一週間後か…」
「『復活祭』の前の40日を四旬節、そしてその最初の日は、つまり2月13日は『灰の水曜日』、 そしてこの声明が出された今日は、『復活祭』までの一週間、聖週間の最初の日、『枝の祝日』と呼ばれる 大切な日なの」
ルヴァは眉をしかめて言った。
「つまり、3月30日に何かを仕掛けてくる…。
長官には話したのか?」
その言葉を聞いて彼女は少し不機嫌そうに答えた。
「まだ」
「わざわざ俺のとこに来なくても別に…」
言いかけたルヴァを遮るように彼女は言う。
「わかってるわよそんなの。
リノが言い出したことよ、私が望んで貴方のところに来るわけがないじゃない」
「リノが?なんで?」
「……。本当に馬鹿なのね…」
彼女は呆れたように言って席を立った。
「まあいいわ。行きましょうか」


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