「お、奥様!!どちらへ行かれるのですか!?」
いつもどおり、煩い侍従が追いかけてきた。
「別にどこでも良いでしょう」
足を止めることもせず、言い捨てる。
「そ、そんな、困ります…」
「困ることなんてないわよ。
あの人、今日も帰って来ないのでしょう?」
「それはそうですが…」
この娘もよく、毎回私を止めに来るものだ。
無理とわかっているくせに。
「もし帰ってこられたりしたら…」
「そうね、そのときは…」
私は足を止め、必死に追いかけてくる侍従に笑顔を向ける。
「離婚成立だわ」
「奥様…!」
今にも泣き出しそうな顔で呼び止める侍従を無視して、私は裏口の扉を開けた。
待たせておいた馬車に乗り込む。
こんな夜遅くに、裏口から出て行く私のことを見ている人は御者と侍従だけ。
私だって一応、気は遣ってやっているのだ。
大体、向こうも向こうで、可愛い女の子と楽しんでいる時間だろう。
帰ってくるなんて、絶対に、あり得ない。
珍しく、ここまで来ても侍従が食い下がってきた。
「いくらなんでも、旦那様がいらっしゃらない日に毎晩お出かけになるというのは…」
正直に言おう、うざい。
私は侍従を睨みつけた。
「お互い様だわ!
他の男と寝てないだけ私の方がましよ!」
驚愕した侍従の顔が、荒々しく閉められたら扉の向こうに消えた。
もう慣れきった御者は、それを合図に馬車を発車させる。
私はため息をついて外を眺めた。
今日はいつもより少し遠くの宮廷へ行く。
あまり長くは遊んでいられない。
人目を考慮して、12時頃には帰ろうかしら。
まるでシンデレラのよう、ああでも、素敵な王子様はいないのよね。
そんなことを考えて、少し笑った。
普段からは想像できないくらいに派手な化粧とドレス、そして目元を隠す白い仮面。
仮に私のことを知る人がいても、気づかれない自信がある。
それぐらい、あの人の妻としてはお淑やかな女性を演じているのだ。
どうせ親の都合の結婚だ。
形だけ整っていれば問題ない。
必要なのは結婚しているという事実でしかないのだ。
要するに、バレなきゃ全部OK。
「…何が『永遠の愛』よ、そんなもの、誓えるわけないでしょ」
曇り空の下、揺れる馬車の中でふと、いつかの神父の言葉を思い出して、独りごちた。