サヨナラ、愛しい人。


「ねえ、明日も来ていい?」
カウンター越しに、君は酔った声で言った。
「そんなこと言ってると逃げられるよ?
いくら同級生とはいえ、他の女ともう二日も連続で飲んでるんだから」
私は冗談混じりに、笑って答えた。
「だってー…」
「だって、じゃないの!
かわいい彼女に寂しい思いさせるなんて男のやることじゃないよ」
君はカウンターに突っ伏して、相変わらず厳しいなあ、とこぼした。
なによ、こっちの気も知らないで、と思わず言いたくなる。
でもそれは言えないから、代わりにグラスに氷と水をいれて渡す。
二人の暗黙のルール、今日はこれでおしまい。
君は一気に水を飲み干して、伸びをして立ち上がり、荷物を取った。
それからゆっくりと小さな店内を見回し、突然、顔をパッと輝かせた。
どうせろくでもないことを思いついたんだろう、ねえねえ、と話しかけてくる。
「今度つれてきても良い?カフェの時間に!」
案の定、ろくでもなかった。
「やめてよ、昼間から君たちののろけ話聴きたくないもん」
と、さすがに顔をしかめてしまったが、君は全く聞いていないようで、うん、そうだそうしよう、と1人で楽しそうな顔をしている。
相変わらずの様子に呆れながらも思わず笑ってしまった。
すると君は不思議そうな顔で言った。
「なになに、何がおかしいの!?」
「ううん、何でもない。
…でも、そんなときは来ないかもね」
私の言葉に君は首を傾げる。
「え、何で?」
「大阪の友達のオフィスにカフェを入れるらしいんだけど、そこのオーナーになってくれないかって言われてるの」
「じゃあこっちのお店閉めちゃうの!?」
君は目を見開いて尋ねた。
「あはは、まだ決めてないしわかんないよ。
ここも結構愛着あるし…。
ほらもうこんな時間だよ、出て出て」
君はしぶしぶ、扉を開けて外へ出る。
「気をつけて帰ってね」
「うん、また近いうちにくるよ。じゃあね」
君は、それまで閉めないでよ、と残して手を振り、駅の方へ歩いていった。
なんとなく、その背中を見送る。
中学のときからの友達、…いや多分、親友で、よく恋愛相談をされていた。
昔から頼りがいがなくて、でも時々妙にしっかりしていて、中途半端なやつだった。
私がここに三年前にカフェを開いてからも、ちょくちょく来ては会社の同僚の女の子の話を(ご丁寧に写真付きで)聞かされていた。
私も私で、その関係を壊したくないと思いながら、変わらない想いのままここまできてしまった。
もちろん、いつまでもこんなことをしていられないのはわかっているつもりで、だけどそれでも、私はまだ、君に甘えていたいらしかった。
「中途半端なのは私か…」
自嘲気味に呟いてカウンターに戻り、片付けをする。
手にとったグラスに残された氷がコト、と音をたて、静かな店内に寂し気に響いた。


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