「むかしむかし、あるところに…」

小さな部屋に優しい声が響く。
淡い桃色に包まれた部屋の中心に据えられたベッドの上で、少女が目を輝かせていた。
その視線は母が持つ絵本に釘付けで、腕に抱えられた熊のぬいぐるみが大きく傾いている。

ページが捲られる度に、少女は小さく声を上げた。
開け放した真っ黒なキャンバスから、月と星が優しく少女を見守っている。

「そうしてシンデレラは王子さまと幸せに暮らしましたとさ。」

母が本を閉じると、少女は少し寂しそうな顔をして、それからまた笑顔に戻って言った。

「ねぇママ、魔法使いってほんとにいるの?」
「そうねぇ、【   】ちゃんが信じるならきっとどこかにいるわよ」
「ほんと!?じゃあいつか【   】もお姫さまになれるかな?」
「ふふ、なれるといいわね。さあもう遅いし、寝なさい」
「はーい。おやすみなさい」
「おやすみ」

少女が布団に入り、母が電気を消す。
先ほどと変わらない月が、夢の世界に落ちていく少女を静かに見つめていた。


inserted by FC2 system